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『夜型人間のための知的生産術』を読んでみた

書店をぶらついていたところこの本を見つけた。

朝型人間を推奨するこの時代に夜型を推すというのが興味深く衝動買いしてしまった。

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【要旨】

夜型人間でも、夜に調子が上がるタイプは夜に勉強などをして結果を出せばよい。

夜型人間が無理に専門家が書いた早起きの本を読むのはよろしくない。

夜の時間というのは時間を気にせず物事にじっくり取り組めるしほぼ邪魔も入らない。

この時間に大著を読んだり勉強したりアイディアを考えたりするのは有効なので、

夜という時間を充実させてはどうだろう。

 

【気付き・所感】

実は朝型にある意外なデメリットが書いてあると面白いなと思ったが

そういうものはなかった。

朝型でいける人はそれでもよい、という内容も含まれていた。

そして知的生産術として画期的なものもなかった。

なので想像とは違っておりちょっと残念だった。

 

【個人的なほぼ抜粋メモ】

・大切なのは、勉強を朝やるか、夜やるかではなく「ゾーン」に入って

 集中しているということです

・人の幸せとは、自分の「ゴールデンタイム」をいかに充実して過ごせるか

・すべての本は「語り」だと思いましょう。「文字を読む」ことを「話を聞く」こと

 にいかにイメージ転換できるかが勝負です。

・「抽象的な言葉」を「具体例」に置き換える力を身につける。

 世の中のさまざまな事象を自分の言葉で説明できてこそ、

 生きている幸せを感じるものです。

レゴ・ステファニーのオシャレハウス購入!

ももたんに久しぶりのレゴを買ってあげましたあ!
葬式があったのですが、二日間にわたってももたんはいろいろ我慢して偉かった!
親戚のおばさんからお小遣いももらったので、お礼にレゴを買ってあげることに。

トイザらスに着いた時点でご機嫌です。
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他のオモチャでもいい旨伝えたけれどあくまでもレゴがよいとのことでレゴエリアへ。
どれにしようか迷う迷う。
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最終的に選ばれたのはおままごとグッズが豊富なステファニーのオシャレハウス。
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6歳以降が対象だがまあプチ支援しながら頑張ってもらおう。
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なんとか完成させて喜ぶ顔が楽しみ!
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学級崩壊の防止を学校だけに任せない

ネットで学級崩壊の防止についての記事を見かけた。

 

<記事の概要>

 ここ数年で若い教師が増えて、年が離れた保護者は「こんな若造で大丈夫か?」

と思うことが増えてきた感触らしい。また、教師の不祥事が報道される度に

「教師や学校なんて信用できない」という思いが蔓延して学校側と家庭側の溝は

深まるばかり。学級崩壊など起きようものなら教師の力不足だと決めつけられる。

そんななか学級崩壊を引き起こす生徒にアンケートを実施したところ、

「他の子はルールを守っていないから自分はルールを守らなくても悪くない」

という趣旨の回答がほとんどだったようだ。

こういう考えを持った子どもにいくら道徳などルールに関する教育を実施しても

効果は極めて薄い。ではどうするか。

 

ひとつの回答は、教師の力不足云々の前に家庭の教育を強化することだそうだ。

例えば家での何気ない会話で親が「それは○○君が悪い」「○○先生はダメ」など

「他人が悪い」というネガティブな意識を刷り込まないということが大切なのだ。

そして他の子がどうであろうとルールを守ろうとする精神を育てるためには、

我が子を信頼することが効果的なのだそうだ。

信頼されていることは強いルール破りに対する抑止力を生むという。

 

<感想>

最も興味深かったのは、学校側だけではなく実は家庭側にも問題があるというものだ。 

学校側の課題は当然つぶす必要があるが、そのことだけに捕らわれていてはいけない。

家庭側は家庭の教育をしっかりやることに集中するべきだ。学校が悪い、教師の質が低い

と罵倒したところで家庭側が学校側を変えることはほとんどできない。

雨が降っていてイヤだと子供が駄々をこねるようなものだ。

そして信頼することの重要性はアドラー心理学でも触れられている。

やはり信頼することで「自分には価値がある」という感覚を育てることが重要なのだ。

 

デジタル万引きはカッコ悪い

最近あるBOOKOFFでブラブラしていたときのこと。

カシャ、という音がしたので振り向いてみるととある客が本のページを何ページか

携帯のカメラにて撮影していた。

 

「えっ、いいの?」と思い調べてみると法律違反ではないそうだ。

このように書籍の内容を撮影して持ち帰ることを「デジタル万引き」と呼ぶ。

窃盗罪ではない(実際に物を盗んでいないので)し、私的利用の複製は無断でできる。

私的利用に限定していることをどう証明するのかとも思うが・・)

ただし「撮影禁止」などの張り紙があるにも関わらず撮影をした場合、

撮影した者は客とは見做せず建造物侵入罪が成立する余地があるようだ。

 

法律が追い付いていないだけのように感じるので本屋としては迷惑な行為だ。

本の内容を持ち帰れるわけだから本が売れなくなる。

たかが数ページと思うかもしれないが、1冊の本から1つでも「なるほど」

と思えることが得られれば本を購入して読んだ意味があるのだから

そのおいしいところのみ撮影して持ち帰れば本を買わなくなるのは必定。

 

そもそもあまりにもカッコ悪い行為だ。

本を購入することに出し惜しみしているように見える。

購入して読んだあと本が邪魔であればデジタル化するなりメモに書き写すなりして

本を処分すればよい。

読書は自分に対する投資だと思うが、それを惜しんでどうするのか。

しかも、、しかも古本で定価よりお安いBOOKOFFデジタル万引きって。。

ちなみに自分が目撃した人はシェイプアップかなんかのトレーニング関連の

写真付きページを数ページにわたり撮影していた。

なんの根拠もないが、自分を磨くための知恵を得るために対価を支払わない人が、

プライベートの時間という対価を支払って素晴らしい結果を出せるとは思えない。

今度みかけたらなんでそんなことをしているのか聞き出してみたいものだ。

立ち読みして記憶するなどの苦労もせず情報を持ち帰るのは見苦しいと思う。

 

正しい・正しくないという話ではなく、なんとなくカッコ悪いなと思う今日この頃。

NEW財布使い始め!

10数年ぶりに新調した財布をついに使い始めた。

これまで信じてこなかった金運アップのおまじないやら縁起担ぎを今回はやってみる。

 

<最初に入れるお金>

最初に入れたお金がその財布のキャパシティーを決めるのだそうだ。

「自分はこれくらいのお金が入っているものなんだ」と認識して

いつもそのお金の量に保とうとする意志が働くのだそうだ。

ひとまず最低ラインとされている10万円を新券にて用意して入れてみる。

もちろん上向き表向きですべて揃えることも忘れない。 

 

<お日柄>

手に入れたのは4/5の大安、そして実際に使い始めたのは4/9寅の日。

・トラは金色の毛をしていて金運を呼ぶらしい。

・トラは俊敏で1日で「千里を行って千里を帰る」と言われている。

 それに関連して寅の日に財布を使い始めるとお金を使ってもすぐ帰ってくる

 とされているらしい。

 

さあ、金運アップなるか!?ちょっとだけ期待しつつ頑張って過ごしてみよう。

これからよろしく相棒!

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掃除機をかけることによる気付き

掃除機をかけるのは面倒くさい。

でもかけてしまえば家の中がきれいになることは誰もが知っていることだろう。

しかし、普段掃除機をかけない人がたまに掃除機をかけることで得られる気付きは

意外と知られていないのではないか。

 

あらためて掃除機をかけるメリットは何か、と考えてみたときにまず浮かぶのは

もちろん家の中がきれいになることである。これは疑いの余地がない。

そもそも掃除機とは電気の力を利用して吸引力を人工的に作り出し、

その力によって埃などを容器内に取り去るものである。

掃除機を利用することで我々は手軽に部屋の埃などを排除することができるのだ。

こうも便利な掃除機をかけることが面倒くさいとはどういうことなのか考察してみる。

 

(1)掃除機の準備

 まず掃除機を引っ張り出してくるという手間が挙げられよう。

 細かいことを言えば引っ張り出してきた上に適切な場所に配置し、

 電源ケーブルをコンセントのところまで引っ張り出して接続させる必要がある。

 しかもただ接続させるだけならば比較的簡単かもしれないが、掃除機をかける範囲が

 広範囲に及ぶことも考慮すると電源ケーブルを最大限引っ張り出したうえで

 接続させるべきなのだ。5cmほど引っ張りだして接続させたのでは

 ほとんど身動きがとれず、狭い範囲しか掃除機をかけることができない

 という厳しい現実に直面するのだ。

 

(2)やる気

 掃除機の準備以前に、「よし、掃除機出して掃除しよう!」という気持ちが

 なかなか起きないものである。これは掃除機の準備に限ったことではない。

 学校だって、仕事だって、面倒と思っても行ってしまえば「まあ頑張りますか」

 という気持ちになることが多いのではないか。

 つまり学校や職場まで行くまでが大変なのだ。

 

ざっくりと上記2点が掃除機をかけるのが面倒といわれる要因なのではないか。

しかし普段掃除機をかけない人がこれらを乗り越えることで得られるものがある。

 

第一に、家族の会話が増えるということだ。

パートナーに「おれ偉いから掃除機かけたんだよ!」とでも話せば

「うそ、ありがとう!」や「当たり前でしょうに」「当たり前だなんて冷たいな~♪」

といったようなほほえましい家族の会話が生まれることがあるだろう。

そしてある部屋を掃除する場合、まずは入口より侵入してその周辺を掃除するだろう。

そこから徐々に部屋の中心を目指していくのか、はたまた左右どちらかの壁沿いに

掃除機を走らせていき外堀を埋めていくのかという決断を迫られる。

今回は中心を攻めたうえで部屋の端っこへ攻めていくスタイルを想定する。

部屋の隅に掃除機をかけると、部屋の中心に比べて埃が溜まっている箇所を

発見することもある。こんなとき「へえ、意外と部屋の角っこは埃がたまっているな」

ということに気付く。「部屋の角っこに意外と埃がたまってたね」などと

軽く伝えてみると「あれ、適当なのがばれちゃった、てへ」みたいな

これまたほほえましい家族の会話が生まれることもあるだろう。

 

第二に、自分の家は意外と広いのだなと再認識できることがある。

端っこまで掃除機をかけるわけだからほぼ部屋の四隅は制圧することになる。

その際に「意外と壁にたどり着くまでが長いな」と感じるのである。

家の大小は問題ではない。普段認識している空間と実際の空間にはギャップがある

ということを再認識することがなんとなく新鮮なのだ。

さらに部屋の端っこまで掃除機をかけていると意外と「ここもどかして埃をとろう」

なんてスイッチが入ってすごくきれいにしたくなることもある。

せっかく掃除機をかけはじめたのだから中途半端はいけないという心理が働くのだ。

スイッチが入って部屋の端っこ、ソファの下など普段あまり目にしないところまで

掃除機をかけていく過程で「あ、ないと思っていたらこんなところにあったのか」

という思いもよらない発見があることもあるのだ。

 

第三に、家族の会話ネタが増えたり自宅の広さを再認識することによって

「こんなことに気付く自分はいまゆとりがあるな」と自覚することができる。

ゆとりがあると自覚できることは意外と大切なことである。

多忙な日常を送っている人が、時にはスピードダウンすると見えてくるものがある。

電車の特急ではなく各駅停車に乗った際に「こんな景色があったのか」

という気付きが得られることがあることに似ている。

こういう自覚がもし持てない場合は、情報に対する感度が下がっているという

黄信号であると思った方がよい。

 

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と、掃除機をかけてふと思ったりした。

とりあえずは「一応ちょっと掃除してみるか」程度でもよいので、

掃除機を引っ張り出してきて電源ケーブルを接続し、スイッチを入れれば

掃除機がかけられるというところまで頑張ってみるのがよい。

もちろん比較的容易に移動が可能な家具などを一時的に移動させたうえで掃除機を

準備するのが望ましいが、完璧主義は時にスピードや効率性を損なうという

欠点があるのでまずはハードルを低くすべきである。

軽い気持ちでまずは掃除機をかける最低限の準備をしてみることが肝要である。

 

 

バスケの試合応援&お散歩

今日はともちゃんが何年かぶりの大和市民大会の応援に
ももたん、みーたんを連れてやってきた。
自分も出ていたアマチュアの大会なので懐かしい。
当時戦ったチームもメンバーが変わっていたり下部リーグに降格していたり
知らない若いチームがいたりと様変わりしたものだ。

ともちゃんはボチボチの調子で試合も無事勝利。
懐かしいメンバーとも楽しくプレーしていたのでよかったよかった。
ももたん、みーたんはいい子にして応援できた!

帰りに公園で遊ぶことを楽しみにしていたももたんだったが、あいにくの雨。。
なのでまっすぐ帰宅して近くの公園にパパと二人で散歩に。
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今日も平和に過ごせましたあ。
感謝感謝。